一人旅の楽しみ方
ある日、台中にて
僕は観光地にはあまり興味がない。
今は台湾の台中という街にいるけれど、宮原眼科にも、逢甲夜市にも、高美濕地にも行っていない。もしこれが友人との旅行だったら確実に行っていると思うけれど、これは一人旅だ。

今日はとても天気が良かった。目が覚めたのは朝7時ごろ。今泊まっている部屋には大きな窓がついているので、目覚めと同時に晴れ渡る空がよく見えた。
それなのに、今日は何もしなかった。街を少し歩いて、ローカルな食堂でご飯を食べて、一泊二千円の狭いベッドで昼寝をした。その後は近くのカフェで本を読んで、こうしてnoteを書いているだけである。

それなのに、不思議と幸福を感じている。
ある日、北海道にて
それにしても寒い。あたり一面に雪が積もっている。北海道の冬は想像以上に厳しい。
今日はとても天気が良い。今朝は早起きして宿を出発し、釧路駅から根室行きの始発電車に乗って、ここ厚岸まで来た。
駅から撮影スポットまでは、歩いて2時間の道のり。
たまに車が後ろから追い越してゆくだけの、湿原の中の道をひたすら歩く。

目的地についた時、既に一人そこでカメラを構えている人がいることに気がついた。こんな辺境に、同じ日に、同じ時間に同じ目的を持って来る人がいるのかと驚いたのを覚えている。
その人と同じ場所に、同じようにカメラを構えて列車が来るのを待っていた。自然と会話が生まれる。
どうやら、その人は北海道に住む大学生で、車に乗って写真を撮りにきているようだった。まだ高校2年生だった僕の目には、大学生がとても大人に見えた。

そして、撮影を終えた帰り道のこと。
2時間かけて駅から歩いてきたは良いものの、帰りも同じように2時間の道のりを一人で歩くのは体力的に厳しかった。その上、撮影の最中に冷たい水が流れている側溝に足を滑らしてしまい、片足の感覚が無くなっていた。その時の気温は氷点下だったから、凍傷になるんじゃないかと思った。
その大学生は、そんな僕を見かねて帰り道僕を車に乗せて駅まで送ってくれた。そして、「旅の中で困っている人がいたら助けてあげてね」と言った。
これは、僕がこの旅の中で一番印象に残っていることである。
僕はその旅の中でたくさん「観光地」と呼ばれる場所に行ったと思うけれど、正直あまりそこでのことは覚えていない。しかし、あの日、何でもない場所で助けてくれた大学生のことだけは鮮明に覚えている。
旅を終えた時に感じること
中学2年生のとき、初めて一人で遠出して、岐阜県の郡上八幡へ行ってから今まで、たくさんの土地を訪れてきた。

そのたくさんの旅のどれを取っても、印象に残っていることは総じて「人」だとか、「日常」だとか、「暮らし」である。

もちろん一人で淡々と観光地を巡り続けた旅もあったけれど、その時のことはよく思い出せない。それくらいに印象が薄い。

その郡上八幡にしても、一番良く覚えているのは、街を歩いている途中に声をかけてくれた、そこの住民である一人のおばあちゃんのことである。
一人旅の楽しみ方
だから、一人旅はその土地の空気を吸って、少し街を歩いて、現地の暮らしを少し体験してみるだけで十分だと思っている。そうしていると、自然と人との関わりも大なり小なりできるものである。

だから、よほど行きたいと感じるところでなければわざわざ観光地に行くことはない。
また自分にとって、一人旅は生活の一部である。だから特別なことをする必要なんてないし、毎日が非日常である必要も全くない。

今は普通に生活をするという感覚で旅をしているし、それが数年間一人旅を続けて得られた一番の楽しみ方である。
これから
明後日の早朝に台湾を出て東南アジアへ向かう。観光地のことは一切調べていない。
ただ一つ考えているのは、それぞれの土地ではどんな暮らしが、そしてどんな出会いがあるのだろうかということ。
自分の生活と、現地の生活が交差する。
そこには自ずと出会いが生まれる。
そして、それを楽しむ。
これこそが一人旅の醍醐味だと思う。
